
人的資本経営のフレームワークと実践ステップ
人的資本経営は、企業が従業員の能力や知識、スキル、経験などの無形資産を最大限に活用し、効果的に管理するための取り組みやプロセスを指します。 今回は、人的資本経営におけるフレームワーク「3P・5Fモデル」や、人的資本の情報開示について、また人的資本経営を実践するステップや方法を解説していきます。
目次
1.人的資本経営のフレームワーク「3P・5Fモデル」
- 1-1.3P:人的資本経営において欠かせない3つの視点
- 1-2.5F:人材戦略に必要な共通要素
2.人的資本の情報開示
- 2-1.人的資本の情報開示義務化
- 2-2.人的資本経営の情報開示項目
3.人的資本経営を実践するための手法やステップ
- 3-1.経営戦略と人材戦略を連動させ、目指す姿を設定する
- 3-2.目指す姿と現状のギャップ把握
- 3-3.KPI設定と施策の考案
- 3-4.モニタリングと改善
1.人的資本経営のフレームワーク「3P・5Fモデル」
企業が持続的な成長を達成するためには、人的資本の能力や動機を最大限に引き出し、適切に管理することが重要であると指摘したのが、2020年に発表された「企業価値向上に向けた人的資本の開示に関する検討会報告書」、いわゆる「人材版伊藤レポート」です。
人材版伊藤レポートでは、「3P・5Fモデル」というフレームワークが人的資本経営を本格的に実施する上で欠かせないとしています。この「3P・5Fモデル」を具体的に見ていきましょう。
1-1.3P:人的資本経営において欠かせない3つの視点
「3P・5Fモデル」の「3P」とは人的資本経営において重要な視点(Perspectives)です。3つの項目は下記のとおりです。
①経営戦略と人材戦略の連動
経営戦略と人材戦略は深く結びついており、この二つが連動していることが、企業にとっては欠かせません。経営戦略を実行するために必要な人材の確保と育成に向け、明確な行動計画とKPIを策定することが重要です。
②As is-To beギャップの定量把握
現状(As is)と理想(To be)をそれぞれ具体的にし、その差を明確にし、差を埋めるための人材戦略を策定することも不可欠です。 定量化により、ギャップを生み出す課題を特定し、差を埋めるための効果的な戦略を立てることができます。
③企業文化への定着
人事戦略を展開する際には、その成果が企業文化に根ざしたかどうかを評価する視点を持つことが重要です。企業文化は、従業員と企業の理念、存在意義(パーパス)、行動規範が共有されることによって形成されます。従って、人事戦略を進める過程でこれらの要素を常に念頭に置くことは、戦略の効果を最大化する上で極めて効果的です。
1-2.5F:人材戦略に必要な共通要素
「3P・5Fモデル」の「5F」とは人的資本経営において欠かせない要素(Factors)です。 5つの要素は下記のとおりです。
①動的な人材ポートフォリオ
人材ポートフォリオは、個々の従業員のスキル、経験、配属部門、勤続年数など、人材の属性を網羅的に記載したものです。「動的な人材ポートフォリオ」とは、これらのポートフォリオ情報をリアルタイムで更新し、可視化されたデータベースです。
このリアルタイムでの情報把握を通じて、経営上の課題解決に適したスキルや経験を持つ人材を効率的に配置できるようになります。さらに、未来の経営戦略に基づいて、逆算して現在から人材を質的・量的に最適化し、強化していくことが可能です。
②知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
現代のビジネス環境では、ニーズが絶えず変化し、多様化しています。これに対応するためには、様々な価値観や背景、視点を持つ人材が不可欠です。 多彩な才能や経験を持つ従業員が互いの違いを尊重し合い、個々の能力を生かして活動することが、理想的な人的資本経営を実現する環境だと言えるでしょう。
③リスキル・学び直し
多様な価値観がある今、顧客一人ひとりに対応するため、従業員が新たなスキルを習得し、学び直すことが重要です。今後のキャリアを見据えて従業員が学び直すことができるよう、企業がキャリア支援することが人的資本経営には求められます。
例えば、デジタルスキルや創造性を養い、DX化や革新的なイノベーションに対応する能力が注目されています。個々の意識を高め、リスキル・学び直しの文化を根付かせることで、変化に柔軟に対応できる組織を構築すると同時に、生産性の向上にも寄与します。
④従業員エンゲージメント
従業員エンゲージメントとは、従業員が自分の所属する企業に対しての貢献意欲です。従業員が能力を最大限に発揮するためには、やりがいや働きがいを感じ、自発的に業務に取り組むことが重要であり、エンゲージメントが高い状態といえます。エンゲージメントを高めるには、働く環境やキャリアパスを整備したり、企業理念やビジョンへの共感を促進したり、従業員が主体的に活動できるような支援を提供することが求められます。
⑤時間や場所にとらわれない働き方
働き方の多様性が重視される中、リモートワークや時短勤務制、フレックスタイム制など、「どこでもいつでも働ける環境」の整備は不可欠です。従業員の柔軟な働き方を支援することは、彼らが最大限のパフォーマンスを発揮し、人材流出を抑制するためにも重要です。ただし、制度の導入だけでなく、業務プロセスやコミュニケーション手段なども見直す必要があります。これにより、より多くの従業員が自分に合った働き方を選択できる環境が整います。
2.人的資本の情報開示
人的資本の情報開示とは、企業経営において、自社の人材育成や社内環境整備の方針を社内外に公表することを指します。 具体的な取り組みは「従業員の成長のために行っている具体的な取り組み」であり、これを数値化し、財務情報と同様にステークホルダー向けに示すことを意味します。
2-1.人的資本の情報開示義務化
2023年3月期決算以降、日本では約4,000社の上場企業に対して、有価証券報告書で人的資本情報の記載が義務化されました。対象企業は毎年度終了後の3か月以内に、人材育成方針や男女間賃金格差などの情報を含む有価証券報告書を提出する必要があります。有価証券報告書は不提出の場合、懲役または罰金の刑が科される可能性があるため、注意が必要です。
2-2.人的資本経営の情報開示項目
2022年8月、政府が「人的資本可視化指針」を発表し、人的資本の開示項目を明示しました。具体的には、「人材育成」「エンゲージメント」「流動性」「ダイバーシティ」「健康・安全」「労働慣行」「コンプライアンス」の7分野19項目です。開示が義務化されている項目以外は、すべての項目を開示する必要はありません。企業は自社の戦略に応じて選択することができます。
情報開示においては、自社の人的資本への投資状況や人材戦略の遂行方法を明確に伝えることが重要です。また、どのような開示ニーズに対応するかを明確にし、自社の経営戦略と可視化した内容がどのように結びついているかをストーリー性を持たせて説明する必用があります。
3.人的資本経営を実践するための手法やステップ
ここからは人的資本経営を実践するステップを説明していきます。
3-1.経営戦略と人材戦略を連動させ、目指す姿を設定する
最初に経営戦略と人材戦略を結び付け、経営陣と人事部の認識を一致させることから始めます。その後、自社の経営課題や目標を明確にし、それらを解決し達成するために必要な人材戦略を策定します。経営戦略と人材戦略の乖離に課題を抱えている企業は多いと思いますが、お互いの考えを十分に理解できていない可能性が高いでしょう。
ただ、その前提として企業として「どのような組織を目指すか」という、共通のビジョンや目標を明確にすることが重要です。従業員のスキルや能力を可視化することも大事ですが、共通認識がなければ、どのような情報を、どのような粒度で見ていくかを決められず、結局はデータ蓄積をすることが目的となってしまいます。
3-2.目指す姿と現状のギャップ把握
先ほどご紹介した3Pの「As is-To beギャップの定量把握」です。経営戦略と人材戦略を連動させ、目指す姿を設定したら、次は現状との差を定量的に把握します。そうすることで、強化すべき点や不足している要素を明確にしましょう。
3-3.KPI設定と施策の考案
現状と目指す姿のギャップを定量把握したら、そのギャップを埋めていくためのKPI設定と、施策を考えていきます。「何が必要か」「何から取り組むべきか」という必要なプロセスをピックアップし、KPIを設定していきます。このKPIは人的資本の情報開示にも活用できるので、経営戦略との連動を意識し、自社らしさを入れていきましょう。KPIの設定後、施策を実行していきましょう。
もちろん成果不振や、従業員に受け入れてもらえないなど、トラブルが生じる可能性は常にあります。こうしたトラブルに対処するために、事前に対策を考えておくことが重要です。これにより、施策の円滑な実行が可能となり、人的資本経営を行うことができます。
3-4.モニタリングと改善
施策を実行した後は、その効果を検証する必要があります。施策の効果を最大化し、同時に開示に対応するためには、定期的なモニタリングが不可欠です。
これにより、目標達成度を把握し、必要に応じて調整を行うことができます。効果検証には、有給休暇の取得率などの定量的な指標は、人事データをシステムを活用して整理することで可能です。また、従業員の満足度はエンゲージメントサーベイを活用して測定することができます。
このようにPDCAサイクルを回すことで、改善を重ね、人的資本経営を促進していきましょう。

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